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東京地方裁判所 平成7年(ワ)22938号 判決 1996年5月17日

原告

有限会社フレンドモータース

右代表者代表取締役

松本紀幸

右訴訟代理人弁護士

鈴木弘喜

卜部忠史

福島昭宏

被告

株式会社ツインドームシティ

右代表者代表取締役

中内正

右訴訟代理人弁護士

石丸拓之

松坂徹也

津﨑徹一

塩田裕美子

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金六九〇万円及びこれに対する平成七年九月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告社員が被告の経営するホテルに宿泊した際、客室内に保管していた現金六九〇万円を盗まれた事件について、当該客室の宿泊者と称して延泊の申込みをした者に対し、前日発行した宿泊料金預り証を確認しただけで、従前のカードキーと引き換えでなく新しいカードキーを交付したという被告従業員の過失によって、原告が被害金額相当額の損害を被ったとして、原告から、使用者である被告に対し、不法行為による損害賠償を求めた事案である。

一  前提となるべき事実(当事者間に争いのない事実を含む。)

1  原告は、中古自動車の仲介及び販売を業とする会社である。原告社員佐々木孝文(以下「佐々木」という。)は、株式会社工藤の森田と名乗る人物から九四年式メルセデスベンツを買い取るため、平成七年九月二二日、福岡市に赴き、右森田の手配した後記被告ホテルに宿泊した(甲第一号証、弁論の全趣旨)。

2  被告は、福岡市中央区地行浜二丁目二番三号所在のシーホークホテル&リゾート(以下「被告ホテル」という。)を経営しており、平成七年九月二二日、「モリタシンジ」と名乗る人物から、同日、二名で宿泊したい旨の電話予約を受けた(乙第一号証)。

被告ホテルのフロント従業員は、同日、森田真治と名乗る人物から預かり金三万円を受領して九月二二日付の「お預り証」(乙第三号証の一)及び二五五〇号室(以下「本件客室」という。)のカードキー二枚を同人に交付し、チェックインの手続をした(甲第一号証、乙第二号証)。

右森田は、本件客室において、佐々木と翌日の打ち合わせをした後、午後八時三〇分ころには、同室を退去した(甲第一号証、乙第四号証の一)。

3  被告ホテルのフロント従業員は、平成七年九月二三日午前九時四〇分ころ、「モリタ」と名乗る人物から、二人分の延泊希望を受けたため、前日付の「お預り証」(乙第三号証の一)で本人確認をしたうえ、再度、預かり金三万円を受領して、九月二三日付の「お預り証」(乙第三号証の二)及び本件客室の新しいカードキー二枚を同人に交付し、延泊の手続をした(乙第三号証の二)。

4  佐々木は、同日午前一〇時ころ、本件客室を訪れた森田に誘われて、朝食のため森田と共に被告ホテル内のレストランに出かけたが、その際、所持していた現金六九〇万円を本件客室のチェスト内に入れ、部屋の鍵を閉めて出た(甲第一号証、乙第五号証)。

佐々木が午前一一時ころ食事を済ませ、森田と別れて本件客室に戻ると、佐々木の所持していたカードキーでは鍵が開かず、被告ホテルの従業員に鍵を開けてもらったところ、チェスト内の現金六九〇万円が盗まれており、森田も姿を消してしまった(甲第一、第二号証)。

佐々木の所持していたカードキーで鍵が開かなくなったのは、新しく交付されたカードキーが使用されたことにより、従前のカードキーが失効したためであるが、前記の延泊の手続をしたのは森田であり、森田が新たに交付を受けたカードキーが、森田と共謀した何者かによって使用され、右現金が窃取されたものと推定できる。

二  争点

被告従業員が延泊の申込みをした者に対し前日発行した宿泊料金預り証を確認しただけでカードキーを再交付した手続に、過失があるか否か。

三  原告の主張

1  客室にオートロックシステム(ドアーが閉まると自動的に施錠される)を備え、その鍵については、使い捨てカードキーを宿泊者に交付するという施錠設備を設けた客室を宿泊者に提供しているホテルの経営者は、カードキーの悪用による盗難を防止するため、善良なる管理者の注意をもってカードキーの再交付をするべき注意義務があるというべきである。

2  そして、本件のように、チェックアウトの制限時間の経過前にカードキーの再交付を求められた場合、悪用による盗難の危険が十分あり得るのであるから、従業員はコンピューターにカードキーの有効期限の延長を入力することにより、従前のカードキーを継続して使用することとして、新たなカードキーを交付することはしない取扱いをするべきであり、また、再交付するとしても、従前使用していたカードキーと交換に新しいカードキーを交付するという取扱いをするべきである。

しかるに、被告従業員は、前日付の「お預り証」のみで宿泊者の本人確認をしたうえ、カードキーの再交付をしており、このような方法では宿泊者が「お預り証」を落としたり、盗まれたりした場合には、「お預り証」を取得した者に対してカードキーを再交付してしまうことになるから、被告従業員は、カードキーの悪用による盗難を防止するために必要な注意義務に違反しているというべきである。

四  被告の主張

1  被告ホテルのカードキーは、コンピューターによって当該カードキーに宿泊期間だけ効力を有する開閉機能を入力しているものであるから、一旦宿泊手続をとった後、当初の宿泊予定を延長する場合には、延泊手続の際に、新しいカードキーを発行せざるを得ず、コンピューターに当該カードキーの有効期限の延長を入力して、従前のカードキーを継続使用し、再交付しないという取扱いは不可能である。

そして、被告従業員は、カードキーの再交付が必要な場合には、宿泊者本人しか持っていない宿泊料金の「お預り証」で宿泊者の本人確認をしたうえで再交付をすることにしており、本件の場合にも、被告従業員は宿泊者を名乗り、「お預かり証」を所持するものに対してカードキーを再交付したのであるから、被告従業員はカードキーの悪用による盗難を防止するために必要な注意義務は尽くしており、過失はない。

2  原告社員は、六九〇万円もの多額の現金をフロントに預けることをせず、第三者の面前で、現金を残して部屋を出たのであり、原告社員の不注意と、延泊におけるカードキーの盲点をついた犯罪行為により、本件の盗難被害が生じたものというべきである。

第三  争点に対する判断

一 客室にオートロックシステム(ドアーが閉まると自動的に施錠される)を備え、その鍵については、使い捨てカードキーを宿泊者に交付するという施錠設備を設けた客室を宿泊者に提供しているホテルの経営者は、カードキーの悪用による盗難を防止するため、善良なる管理者の注意をもってカードキーの再交付をするべき注意義務がある。すなわち、右のような施錠設備を有する客室を利用する宿泊者は、通常、交付を受けたカードキーをチェックアウトまで常時自己の支配下において保管しているものであるから、宿泊者自身の過失でカードキーをなくすか又はホテルの従業員がカードキーを別人に再交付する以外に、他人が当該客室のカードキーに接近する機会はない。したがって、宿泊者は、右のような設備を有しない宿泊施設の場合以上に当該客室の安全性を信頼しているのであり、ホテル従業員がカードキーを再交付するに際しては、例えば、宿泊者であると名乗って部屋番号を告げた程度で本人であると即断することなく、十分な本人確認を経たうえでより慎重に行う義務があるというべきである。

もっとも、多額の現金を所持している宿泊者がホテルのフロント等に寄託せずに客室内に現金を置いたまま外出して現金を紛失した場合には、ホテルは債務不履行責任を負わないのであり、このような契約上の法律関係は前記のような施錠設備を有するホテルにも当てはまるから、このことを前提に考えると、不法行為を構成する過失を考えるうえでも、前記のような施錠設備を有するホテルの従業員がカードキーを再交付するにあたって、宿泊者が多額の現金を部屋に放置しているような場合まで予測して、特別高度な注意義務を負うということはできず、通常の注意を尽くせば足りるものというべきである。

二 実際のカードキーの再交付にあたり、カードキーの悪用による盗難を防止するためにいかなる措置を講じるべきかは、各ホテルの実情や設備に応じて異なる。宿泊者が当初の予定を延長して延泊を希望する場合、原告主張のように、コンピューターに当該カードキーの有効期限の延長を入力して、従前のカードキーを継続使用し、再交付はしないという取扱いをすることも、前記目的を達成するための有効な方法の一つではあるが、必ず右方法によらなければならないわけではない。すなわち、被告ホテルのように、カードキーの交付に際して、予めコンピューターによって当該カードキーに宿泊期間だけ効力を有する時間機能を入力しており、当該カードキーについて有効期限を延長する処理を行うことが困難である場合には、延泊の申込みを受けてカードキーの再交付を行うことになるが、その場合には、それに則した悪用防止のための注意を払えば足りるものというべきである。そして、カードキーの再交付をする際に最も肝要なことは現に宿泊している人物と異なる人物にカードキーを交付しないようにすることであるから、再交付の相手方が宿泊者本人であることを相当な方法で確認すれば、悪用防止のために必要な注意を払ったことになり、義務違反の問題は生じないものというべきである。

本人確認については、原告主張のように、従前使用していたカードキーと交換に新しいカードキーを交付するというのも一つの方法であるが、被告ホテルのように宿泊料金の「お預り証」で確認する方法も、「お預り証」が宿泊者本人に交付するものであり、その者が必要な注意を払えば他の者が入手できないものであることからすると、十分合理性がある。「お預り証」を落としたり、盗まれたりする危険性が、カードキーそのものを落としたり、盗まれたりする危険性より相当程度大であるとはいえない以上、カードキーによる確認なら前記義務違反にならず、「お預り証」による確認では義務違反になるという十分な根拠は見出し難いというべきである。したがって、被告は「お預り証」による確認を確実に実施していれば、被告に要求される前記注意義務を果たしたといえるのである。

本件では、被告従業員が、「モリタ」と名乗る人物から、延泊希望を受けているところ、本件客室にチェックインの手続を行ったのは「森田真治」であり、右「モリタ」と名乗る人物は、前日付の「モリタシンジ」宛の「お預り証」を所持していたことから、被告従業員は、右「モリタ」と名乗る人物が本件客室に宿泊した人物と確認をしたうえ、新しいカードキーを同人に交付して延泊の手続をしたのであり、この手続の過程に何ら落ち度は認められない。本件は、本来は宿泊者本人しか持ち得ないはずの「お預り証」を、チェックインの手続の際、窃盗犯人自らが宿泊者本人と名乗って手続をすることで入手した事案であり、被告従業員が、右窃盗犯人を宿泊者本人と認識してカードキーを再交付してしまうことは避けられず、このような場合に被告従業員には本件窃盗被害を未然に防ぐことは不可能であったと言わざるを得ない。むしろ、初対面で素性もわからない人物の手配したホテルに宿泊し、しかもその者に宿泊手続の全てを任せたうえ、多額の現金をホテルのフロント等に寄託もせず客室内に置いたまま外出するという原告社員の行為が、窃盗犯人の計画的窃盗を可能にしたともいえるのであり、被告従業員が延泊の申込みを受けて行った前記手続には何ら過失はなかったものと認められる。

三  よって、原告の請求はその余の点について判断するまでもなく、理由がない。

(裁判長裁判官髙世三郎 裁判官小野憲一 裁判官男澤聡子)

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